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戻りました。

大変ご無沙汰しておりました。

昨年末から、余裕のない日々が続いています。

1月の名品展が終わると東京支部の総会があるわけですが、私、今年から東京支部の支部長を務めさせていただくことになりまして、また、今年いっぱいで事務局が退任との意向があり、同時に会の中での事務の引き継ぎも進めなくてはならない状況で新しい年を迎え、総会や、その後の準備に追われました。
これには、会の仲間に助けていただき、救われました。

更に総会前後には、実家からの連絡が何度か。

私の父は脳腫瘍で以前から入院していたのですが、高熱が続き、状態が思わしくないとのこと。

そんなわけで実家に行ったり戻ったり、もうこの際だ!えい!と、忙しいついでに20年近く付き合った携帯会社と離縁してキャリアメールを捨てました笑。

前から考えてはいたのですけどなかなか進められず、もう、忙しいついでにやっちまえ!と、勢いがつきましたよ。
のんびり屋の処世術とでも申しましょうか。

そして今月1日には再び病院へ呼ばれ、3日に近所の学校の子供たちが病院で豆まきをする中、父は亡くなりました。
まわりに迷惑ばかりかけながら好きに生きて、最期はちゃんと弟妹、家族、さらに孫にまで看取られて、ちょっと贅沢過ぎやしないか?と思うほどでした笑。

私は面倒臭い子供で随分と母親には心配もかけましたし、実家が嫌で早くから家を出てますので、頼りない次男坊ですが、もしもの時は自分の感情にはフタをして頑張っておこうと、そう決めてましたので、冷たいようですが、論理的な思考でいようと意識して、父が亡くなるとすぐに母に代わり病院や葬儀屋さんとのやりとりを始め、そのまま葬儀の裏方を、親戚や葬儀屋さんから教わりながら取り仕切りました。

これは経験のない私にとっては想像以上の大変さで、ほとんど寝れない中で神経はすり減り、不安から、結局父との別れを惜しむ気持ち的な余裕もないまま葬儀は終わり、気が付けばもう父は実家の奥の部屋で骨になって壷に納まっていたという感じでした。

一段落して実家から帰る間際、もう気持ちを解放してもいいだろうと、ひとりで骨になった父の前に座ってみた時にはもう、悲しくて泣きたいのか、ただ形式的に泣こうとしているだけなのかわからなくなっている自分を感じて、なんだか冷めてしまいました。
この、胸の中の空白感はまだ残っているようです。

それでも、自分がそんなだったから特になのかも知れませんが、私はその数日間で、とても奥深い「人間臭さ」とでもいうのでしょうか、良いとか悪いとは別の次元で、人間というものをたっぷりと味わいました。

人のやさしさ、妙に心にしみました。



さて、そんなこんなで盆栽のほうは、情けない状況で、作業は全然追い付いてません汗。

鉢作りはいつ再開できるのか?

ま、そんな時期もありましょう。
いろいろ背負って、頭に浮かぶ言葉は、

「今は絶対に死ねない」

ですね笑。


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コメント 2

ソクラテス

実の親が2人なのには理由があると思ったことがあります。
もし10人いたら、その悲しみにはたして耐えられるだろうか。
耐えられる限界が2人だと思う。
それが本当の理由だと思った時が、わたしにはありました。


by ソクラテス (2017-02-26 19:21) 

まこと

ソクラテスさんへ

辛い別れがあったのですね・・・
いろいろ、大切にしなきゃと思います。
by まこと (2017-02-26 20:10) 

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